名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)3675号 判決 1992年8月26日
原告 X
右訴訟代理人弁護士 安藤貞行
被告 Y
右訴訟代理人弁護士 大池暉彦
主文
一、被告は、原告に対し、別紙物件目録一の2の建物につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
(請求)
主位的請求 主文同旨の判決
予備的請求 被告は原告に対し別紙物件目録一の2の建物(以下本件建物という)を収去して同目録一の1の土地(以下本件土地という)を明渡せ。
(事案の概要)
一、当事者間に争いのない事実
1. 原告と被告の身分関係は別紙相続関係図記載のとおりであり、原告は祖父Aの孫で、その実父Bと先妻との間の子であり、被告はBの後妻である。
2. 亡Cは、昭和四八年一月一三日死亡したが、同人が生前有していた本件土地は遺贈を原因として原告が取得し、本件建物は相続を原因としてBが単独で取得した。
そして、その旨の登記がなされたが、本件建物については未登記であったところ、B名義で保存登記された。
なお、Cの遺産のうち、別紙物件目録二の1、2の土地建物は遺贈により原告へ(もっとも、後記のとおりBは同目録記載二の2の建物はBが建築したものでCの遺産ではないと主張する)名義が移転され、同目録三の1、2の土地建物は相続を原因としてBとCの妻Dの共有に登記された。
3. Bは、昭和六一年一月一日、本件建物を被告に相続させる旨の遺言書を作成し、平成元年四月一日死亡した。
被告は右遺言に従い平成元年一一月一六日相続を原因とする所有権移転登記を経由した。
二、本件紛争の内容
原告は、本件建物もCから原告が遺贈を受けたものであるが、昭和四八年七月一〇日、原告が遺贈を放棄しBにこれを相続させることとした。そして同日、Bと原告との間で、遺贈の放棄と本件土地を無償で使用させることを負担として、Bは原告に対し本件建物を死因贈与することの書面による合意がなされたと主張し、死因贈与の履行として原告への登記名義の移転を求め、仮に、これが認められないとすれば、本件土地の使用貸借契約はBの死亡により終了したとして本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求めた。
被告は、死因贈与の成立及びこれが負担付贈与であることを争い、Bの遺言により死因贈与は取り消される(民法一〇二三条)と主張し、予備的請求につき、建物所有を目的とする土地の使用貸借契約は借主の死亡によっては終了しないと主張した。
(争点)
1. 死因贈与契約の成否と負担付死因贈与か否か
2. 本件死因贈与と抵触する遺言による死因贈与の取消の可否
3. 借主の死亡による土地使用貸借の終了
(争点に対する判断)
一、死因贈与契約の成否と負担付死因贈与か否か
甲五の1、六、乙一の1、証人Eの証言によると、亡Cは、長男Bに相続させると後妻の被告、ひいては血のつながらない被告の連子であるFにも遺産が相続されることを慮って、昭和四〇年一月八日に本件土地建物と別紙物件目録二の1、2の土地建物を原告に遺贈し、別紙物件目録三の1、2の土地建物は相続人の遺留分に充当する旨を遺言し、同年八月一九日にも同様の内容の遺言をなした。
しかし、右昭和四〇年八月一九日付の遺言では、本件建物が別紙物件目録二の1の土地上にあり、別紙物件目録二の2の建物が本件土地上にあるように記載されていた。
被告は、右誤記の結果、遺言は無効であると主張するが、右遺言にはCの所有不動産全部についての処分内容が記載されており、前記所在地番に誤記があったとしても、いずれの不動産も原告に遺贈する物件であることにかわりはなく、遺言の趣旨は明確であり有効である。
いずれにしても、右誤記の結果、遺言どおりの登記手続きを行うことができなかった。
そこで、Cの相続人らは、昭和四八年七月一〇日に集り、原告にも同席させ相談をしたところ、Bが原告に対する遺贈を認めることに難色を示し、本件建物(借家)の賃料収入を得たいとの希望を出したため、次のような合意が成立した。
ア 原告は、本件建物について遺贈を放棄し、Bが相続するが、Cの遺言の趣旨を生かすため、Bは本件建物を原告に対し死因贈与する。
これに伴い、原告はBに対し本件建物の敷地である本件土地を無償で使用させる。
イ Bの納得を得るため、相続人の遺留分として指定された別紙物件目録三の1、2の土地建物につき、相続人G、H、Iは権利を主張せず、BとDが相続する。
そして、前記アの点を書面化することになり、「本件建物はCより遺贈により原告が相続すべきものであるところ、事情により、Bが相続したので、その次には必ず原告に譲ることを誓約します」とBが誓約書(甲六)に記載し、相続人G、H、Iが立会人として署名して、原告にこれを交付した。
被告は、右合意のなされた理由として、別紙物件目録二の2の建物はBが先妻の実家の援助により建築し同人が所有するものであって、Cの遺産ではないのに遺贈の目的とされた、結局これを遺産と認める代りに本件建物をBが相続することになったと主張し、被告は同旨供述をする。
なるほど、右建物が建築された昭和二一年ころ(乙九)、C(明治一四年生)は定年退職後の老人であり、建築後右建物で写真館を経営していたのはBであることからすると、右主張にも一理はある。
しかしながら、証人Eは別紙物件目録二の2の建物はCの所有であると供述し、右話し合いの場においてBからそのような主張がなされたことについては否定的な供述をなしており、被告の供述によれば、当時右建物でBが写真館を経営していたのであるから、真実Bの所有であるとすればこれを遺産と認めるような譲歩をして、本件建物について相続することとしたというのは、不合理である。
結局、右被告の主張は採用することができない。
被告は、右合意書はBの署名のみで、原告の署名がなく、Bの単独行為であり、死因贈与としての効力がないと主張するが、前記認定のとおり、右合意の場に原告もいたのであり、原告が書面の交付を受け、これを所持していることからすれば、死因贈与契約がなされたと認めることができ、甲六が死因贈与の契約証書であることは明らかである。
原告は、右死因贈与契約は、原告の遺贈の放棄と土地の使用貸借を負担とする負担付贈与であり、負担は履行されたと主張する。
しかしながら、契約の負担というためには、負担の履行がなければ死因贈与を取消(撤回)できるという関係にあることを要するところ、遺贈の放棄の結果、Bが本件建物を取得し、死因贈与ができるようになったのであるから、遺贈の放棄を死因贈与の負担と解することはできないし、また、土地を無償で使用させることは、土地所有者にとって不利なことではあるが、無償で使用させなかったならば死因贈与を取り消せるという関係にすることを意図して前記合意がなされたとも思えないので、これを本件死因贈与についての負担とまで解することはできない。
二、本件死因贈与と抵触する遺言による死因贈与の取消の可否
死因贈与の合意後、Bが被告に本件建物を相続させる旨の遺言をなしたことは前記のとおりであるところ、死因贈与についても民法一〇二三条の適用があり、抵触する内容の遺言がなされた場合には死因贈与が取消(撤回)されたものと解する余地がある。
しかしながら、死因贈与は単独行為としてなされ恩恵的色彩が濃厚な遺贈と異なり、贈与者と受贈者との間の契約としてされるものであって、契約に至る動機、目的、契約内容には種々の事情があり、場合によっては、贈与者において自由には取り消せないことがあることは、判例(最高裁判所昭和五八年一月二四日第二小法廷判決)でも明らかである。
これを本件についてみるに、本件死因贈与は、Cが原告に本件物件を遺贈したことに端を発して、本件物件からの家賃収入をBに得させるためBに相続させることとするが、Bの一代限りのこととし、Bの死亡後は、Cの遺贈の趣旨を生かすために、原告に取得させることを目的としてなされたものであり、他の相続人もBに右死因贈与をさせるため遺留分を放棄しているのである。
このような事情のもとでなされた死因贈与は、贈与者であるBにおいて自由には取り消すことができないものというべきであり、Bの前記遺言によって取り消されたものと認めることはできない。
被告は、原告が、Bに乱暴を働き、家に居れないようにしたと主張し、そのような事情からすれば、取消(撤回)は有効であると主張する。
しかしながら、本件死因贈与の目的は前記のとおりであり、原告に対する恩恵的色彩は全くないから、原告がBに対してそのようなことをなしたとしても、これによってBが死因贈与を取り消し得るものとはいえないうえ、被告本人の供述によれば、原告のそのような行動は精神病によるものであると認められるから、いずれにしても右事実があるからといってBが本件死因贈与を、取り消し得るものではない。
三、以上によれば、原告は本件死因贈与に基づきBの死亡によって本件建物の所有権を取得したものであるから、被告の経由した移転登記は抹消を免れないものである。
そうすると、原告が被告に対し相続登記の抹消に代えて真正名義の回復として所有権移転登記を求める主位的請求は理由があり、予備的請求について判断する必要はない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 野田武明)
<以下省略>